第11①回 『 頸椎疾患 』平成21年07月11日(土)
今回のテーマは頚椎疾患です。意外と知られていない事ですが、頚椎に何らかの異常を抱えている人は多数存在します。当院のデータでも後頭部痛の患者さんの46%に何らかの頚椎病変を認めています。そして、その病態を知らないが故に病院受診前に誤った対応をしてしまい、病状を悪化させて来院してくる患者さんも見られます。頚椎疾患の理解を深める事で、そのような事態を回避することが大切です。
01 頸椎の構造
頚椎の骨構造はちょっと複雑です。図1のように頚椎は7ケの骨が積み重なって形成されます。
その1ケ1ケは図2のように基本的には五角形の形をしていて、中央に椎孔と呼ばれる大き穴があいていて脊髄の通り道となります。そしてこの五角形の底辺の部分が椎体という部分です。
脊椎はこの椎体の間に椎間板という線維性のクッションをはさみ、積み重なっていく構造になっています。上下の骨を支えるのにこれだけでは不十分でもう2ヶ所、左右の椎間関節で支え、頚椎といういわばビルを形成しています。
そしてこの椎体と椎間関節の間の骨の半月状の凹みが上下重なってほぼ円形の椎間孔となり(図4)脊髄に出入りする神経(神経根)の通り道になっています。この頚椎々体後面部を、つまり脊髄の前面を縦に長く強固に固定する膜があり、後縦靭帯といいます。また脊髄の後面、椎弓と呼ばれる部位を上下に強固に固定する膜が黄色靭帯です。椎間板・後縦靭帯・黄色靭帯の3つは頚椎の骨同士を強固に固定する役割をもつものですが、加齢による変化や病的変化によって種々の症状を引き起こしもします。
脊髄は脳から顔面を除く体のすみずみに到達する神経の通り道であるとともに、体のすみずみから脳に到る神経の通り道でもあります。頚部の脊髄(頚髄)の最上部は四肢に到る神経のすべてを含んでいます。そして少しずつ、一番上の椎間孔から順に後頚部・肩・上肢に到る神経が出ていき、頚椎の一番下部の脊髄では、胸部から腹部・下肢へ向かうあるいは入ってくる神経を含むのみとなります。神経には手足を動かす神経(前根)と感覚を脳に伝える神経(後根)がありますが(図3)、脊髄から出てすぐの所でこれが一緒になって神経根となり、ここから末梢は一本の神経が枝分かれしていくことになります。したがってある高さで脊髄が障害されると、それより下方の運動障害や知覚障害(脊髄症状)、一側の椎間孔の近くで神経根が障害されると、その神経が分布する部位の運動障害や知覚障害が生じます。
02-1 頸椎疾患の病態 頸椎椎間板ヘルニア
- 椎間板の線維輪断裂:頚椎症状
- 椎間板の一部が後方へ逸脱:神経根症状・脊髄症状
椎間板は髄核とそれを包む線維輪とから成り立っています。髄核は多くの水分を含み椎体同士の衝撃を柔らげるクッションの役目をもっています。これが加齢やその他の原因により線維輪が断裂すると後頭部領域の痛みが生じます。急性に生じた場合は、頚部あるいは肩の激しい痛みが一週間程度続き、やがて慢性の後頭部や肩の凝りに移行していきます。さらに椎間板の一部が後方へ突出し脊髄を圧迫すると、その部位以下の運動や知覚の障害を生じます。また、同じ後方への突出でも外側寄りで突出すると神経根を圧迫し、一側の手の運動障害や知覚障害を生じてきます。
02-2 頸椎疾患の病態 脊椎症・脊柱管狭窄症
50歳以上の中高年に多く椎体骨、靭帯などの脊椎全体の変性で頚椎椎間板ヘルニアと同様の症状を生じる。
50歳以上の中高年になると、加齢による影響で頚椎全体のゆがみが生じてくる場合があります。
これに椎間板の変性・突出を中心に後縦靭帯や黄色靭帯の肥厚が加わり、頚椎ヘルニアと同じような症状が出現してくることがあります。これを頚椎症といいます。
さらに脊髄の通り道である脊椎管(椎孔が縦につながって形成される)が狭くなった状態が脊椎管狭窄症です。
02-3 頸椎疾患の病態 後縦靭帯骨化症・黄色靭帯骨化症
靭帯骨化により脊髄を圧迫して症状が出現する。
脊髄を支える靭帯は1〜2㎜の厚さで、主に線維成分で組織されています。この線維成分は年令とともに少しずつ減少し、徐々に石灰化していきます。これからさらに骨化して厚みを増し(5〜7㎜)頚椎ヘルニアと同じような症状を呈してきます。
03-1 頸椎疾患の症状 頸椎症状
後頚部痛、頚・肩こり、頚部運動制限。
前述の3つの病態いずれにも認められます。運動障害や知覚障害などの症状はなく、後頚部から後頭部の痛み、頚部や肩の凝り、頚が回らない、曲げられないなどの運動制限のことを指します。一般的に頚椎ヘルニアでは急激に痛みが出現し、1週間程度で柔らいでくることが多いのに対し、頚椎症では慢性的な痛みとなり易い傾向があります。
03-2 頸椎疾患の症状 神経根症状
通常一側上肢への放散痛、しびれ感、知覚鈍磨、脱力。
椎間孔の部位で神経根が圧迫され、上肢への放散痛(頚部を背屈すると一側上肢へビリビリと痛みが走る)、しびれ感、知覚鈍麻(感覚が鈍くなること)、脱力(手に力が入らない)などの症状が生じます。
03-3 頸椎疾患の症状 脊髄症状
手指巧緻運動障害、歩行障害、膀胱直腸障害、手指を含む体幹・下肢の知覚鈍麻。
脊髄そのものが圧迫障害され、障害された脊髄以下の神経症状が出現します。
ボタンがうまくはめられないなどの手指巧緻運動障害。走れない、階段昇降がうまく出来ないなどの歩行障害。尿・便の失禁などを伴う膀胱直腸障害、手指・体幹・下肢の種々の知覚障害などが出現してきます。
また極端な場合、障害脊髄以下の完全麻痺や右あるいは左側半分の麻痺が急激に生じ、脳卒中との鑑別が難しい場合があります。
04-1 自然経過 頸椎椎間板ヘルニア
頚椎症状の後、神経根症状、脊髄症状が徐々に出現してくる。
一般的に後頚部の急激な痛みの後、徐々に神経根症状あるいは脊髄症状が出現してきますが、痛みと神経根症状あるいは脊髄症状がほぼ同時に出現してくることもあります。
未治療であれば症状は徐々に悪化しますが、突出したヘルニアが自然に吸収され、症状も消失してしまうこともあります。
04-2 自然経過 脊椎症・脊柱管狭窄症
基本的には変性疾患であるため数年〜数十年かけて頚椎症状から神経根症状が出現してくることが多い。
基本的には年令とともに進行する変性疾患であるため数年〜数十年かけて、頚椎症状から始まり、神経根症状あるいは脊髄症状が出現してきます。
04-3 自然経過 後縦靭帯骨化症
上下肢のしびれ感から始まり、数年の後に脊髄症状を生じることが多い。
上・下肢のしびれ感から始まり、数年の後に脊髄症状を生じてくることが多い。
05 診断
- 神経学的診断
- エックス線画像
- CT
- MRI
などから総合的に診断する。 神経学的診断神経学的診察(筋力、腱反射、知覚障害などのチェック)で脊髄あるいは神経根の障害の有無を判断します。
エックス線画像エックス線撮影で、頚椎の骨の異常や石灰化の有無をチェックします。
CT頚椎の骨の微細構造や、微少な石灰化の観察ができます。
MRI椎間板の変形や突出およびその程度、さらに後縦靭帯や黄色靭帯の肥厚程度、脊髄や神経根への圧迫程度を確認します。
06-1 治療 保存的治療
- 最も楽な位置での安静臥位(3〜4日)、後屈位は避ける。
- カラーによる安静。軽い前屈位での頚椎牽引。歯の治療、美容室でのシャンプーには注意が必要。
- 薬剤では、消炎鎮痛剤、筋弛緩剤、ビタミン剤などが使用される。
- 強い頚椎症状・神経根症状・脊髄症状などの症状があれば安静臥位が原則です。特に脊髄症状の場合は、急激な症状悪化の危険性もあり、入院治療がベストです。 また、後屈位(のけぞる姿勢)は椎間が後方へ突出し、黄色靭帯がたわんで前方に移動し脊髄や神経根への圧迫が強くなる事があるため避ける必要があります。
- カラーを装着して、頚椎の不意な運動を避け安静を保ちます。また、軽い前屈位で頚椎の牽引を行い、神経根や脊髄への圧迫を軽減する事で症状の改善を図ります。また、歯の治療や美容室でのシャンプーは後屈位となることが多く注意が必要です。
- 薬剤では、消炎鎮痛剤・筋弛緩剤・ビタミン剤などを投与し、疼痛の軽減と神経機能の回復を期します。
06-2 治療 手術的治療
脊髄症状を生じる場合、保存的治療で改善しない神経根症状がある場合が適応となる。
脊髄症状や神経根症状が保存的治療で改善しない場合に、手術的治療が必要となります。症状によって前方や後方から脊髄に到達し脊髄や神経根を圧迫している骨組織・椎間板・黄色靭帯を取り除き、他の部位からもってきた骨を移植、あるいは人口的な器具を用いて脊椎を再建します。
07 頸性めまい
- 頚椎の変化で椎骨動脈が圧迫され小脳内耳への循環障害が生じる。
- 頚部の筋肉の凝りがあり、交感神経の緊張が高まり、脳血管や内耳への血流が減じめまいを生じる。
頚椎々間板ヘルニア、脊椎症、脊椎管狭窄症、後縦靭帯骨化症などの頚椎疾患が原因で生じるめまいの総称。
めまいの性状は歩行時のふらふら感や、船酔いのような感じと表現されることが多い。 下記の要因が原因と考えられています。
- 椎骨動脈は頚椎の横突起孔を下方からつらぬいて上方へ向かい頭蓋内へ到達し、平衡感覚を司る小脳及び内耳への血液を供給しています。骨の変形や椎間板の突出によりこの部で椎骨動脈が圧迫され小脳あるいは内耳への血流不全が生じめまいが出現してきます。
- 頚椎周辺は交感神経が多数存在します。頚椎部の筋肉の凝りが強くなるとこれら交感神経の緊張が高まり、脳血管や内耳への血流が減少してめまいが生じます。